桐原健真『吉田松陰-「日本」を発見した思想家』ちくま書房
2014年12月刊 820円(税別)
2015年のNHK大河ドラマはご存じのように「花燃ゆ」である。大河ドラマの定番である幕末期を舞台としたドラマであるが、序盤の視聴率はあまりふるわず苦戦中であると伝えられている。ドラマとしての出来はさておき、現在においてなぜ吉田松陰の妹が主人公になるのであろうか。
当然、歴史上無名であった吉田文の人物に魅力を感じたのではなく、吉田松陰、そして松下村塾の人々をこれまでとは違った角度から描いてみることにドラマの焦点はあるのであろう。
大河ドラマに乗じた本は必ず何冊か出版される。なかには大して調べもしないで書かれたであろうものもあれば、学問的にしっかりとしたものまで玉石混淆の状態であろう。その後者のものの一冊として本書を紹介しておきたい。
著者の桐原氏はまだ若手の研究者であるが、日本思想史を専攻し長年吉田松陰を追求してきている方である。
ご存じのように吉田松陰は、その思想や行動について評価の大変分かれる人物である。徳富蘇峰は明治維新の不徹底性を追求するために松陰を復権させた。日本の大陸進出の理論的先駆者として描かれることもあった。戦後には、「草莾崛起」を構想する革命家として再評価されることもあった。
桐原氏は、松陰の膨大な書翰や意見書や著書を丹念に読み解いていった。そのなかで松陰の思想が単純な尊王論から転回していく様を追求していく。
特に、萩の野山獄につながれている時期に思索を深め、自らの思想の「コペルニクス的転回」をとげていく。そのなか諸外国との対等関係の確立をめざす攘夷論(外交論)と、天皇・朝廷を「帝国日本」の「元首」「政府」に位置づける尊王論を結合させた新たな尊王攘夷論を打ち立てていく。
その後の思索の末、松陰はその国の「固有性」としての「国体」を尊重することを強調する。そしてその「国体」は、日本だけでなくそれぞれの国に存在することを認める(ここは戦争期の右翼思想とは異なる)。その独立した諸国家間の台頭という形での「国際社会」認識(これを「五大洲公共の道」という)を前提として日本のあり方を考えていくという結論に達する。
より詳しくは本書を読んでいただきたいが、著者は単純に松陰を賞賛しているわけではない。幕末の植民地化の危機という国民的・国家的課題に立ち向かうために、ひたすら純粋に思索を深めたその姿から、現在の日本が直面する課題をどのように考えるかのヒントがあるのではないかと問題提起をしているのである。特に、グローバリゼーションの進行の下で起こるナショナリズムの反乱をどう考えるかという著者の指摘は重い。
松陰の行動の奥底にある思想について考えたい方におすすめしたい。
(神奈川歴教協 K.O)